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元夫の間で起きていたこと 21 

元夫は、私の離婚の意志が固いと判ると
途端に「お前のコントロールの元で
育ったかわいそうな我が子」…
「そんなかわいそうな子どもたちを
元凶のお前には渡さない」と言い出しました。

「お前が勝手に離婚したいと言い出したのだから
お前が子どもを置いて出て行け」
「泣き叫ぶ子どもを捨ててでも、出て行け」
「どうして何も悪くないオレが
家を出ないといけないのか納得できない」と
主張していました。


子ども達はもちろん夫に「ついて行きたい」と
言わないだろうと、夫にも判っていたのだと
思います。

だからこそ、私を「子どもを捨てるような
鬼のような母親」に仕立て上げ、いかに
自分が子どもを思う良い父親であるか、
自分こそが子どもにとって必要な存在であるか、
判らせようとしたのだと思います。

そこには、子ども達にとって本当に必要な親としての
態度は感じられません。しかし、自分こそが
子どものことを一番に考える素晴らしい親であると
最後まで主張していました。

しかし調停が進んでいくうちに
自分が家を出ることを納得する以外、方法が無いと
気がついたようで、今度は面接交渉権を盾に
子どもが親(自分と)と会えなくなるのは
子どもにとって、一番悲しいことだと
主張していました。

もちろん、夫に家を出て行ってもらうのが
一番の目的だったので、
私は面接交渉も子どもの自由にしましたし、
養育費以外は、慰謝料にあたるものも要求せず、
財産分与も夫の方に多く分配する形にしました。
親権も夫にしました!(監護権はもちろん私ですが)
戸籍は紆余曲折の上、私の方に
入れることができました。

つまり実質上は私が子どもの養育に関して、
全権に近い形で勝ち取ること?ができたので、
本当に良かったと思います。
身を切らせて骨を絶つみたいな状態でしたが…。
こういう形で決着できるとは思ってもいませんでしたが、
決まるまでは本当に苦しい毎日でした。

ちょうど、一年前の3月17日が調停調印の日でした…。
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[2005/04/02 21:27] モラル・ハラスメント | TB(0) | CM(0)

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